観光地として人気の迪化街を中心とした大稲埕(ダーダオチェン)地区は私も大好きな場所。
歴史的価値の高い街並みは、何度訪れても新たな発見と学びがあります。
今回は観光客で賑わうスポットではなく、しっとりと静かに貴重な茶商史料や工場見学などバックヤードツアーを体験できる茶舗を3つ厳選してご紹介したいと思います。
大稲埕エリアの歴史
大稲埕の発展は19世紀中期に誕生した漢人居住区の近くに淡水港が開港したことから始まります。
イギリスの商人ジョン・ドッドによって台湾の気候と風土に適していた茶葉生産が開始されると、その美味しさから台湾茶は瞬く間に「Oriental Beauty(東方美人)」の名で海外に広く知られるようになりました。
その後も台湾茶貿易は隆盛を極め、莫大な経済効果をもたらします。全盛期には200以上の茶葉問屋が街中にひしめき合っていたそうです。
大稲埕地区の特徴といえば、赤レンガの洋樓式建築に亭仔脚(台湾式アーケード)を備えた街屋建築の街並みではないでしょうか。
この商業街にとって実用的なスタイルは、日本統治時代の法律でも定められていました。
当時は北門や西門町周辺に日本人が多く住むようになりましたが、大稲埕は台湾人が多く居住する地区だったため、独自の文化や伝統が守られる結果となりました。
そのため大稲埕は富裕層だけでなく知識人も多く集まるエリアと成長し、台湾文化の活動拠点としても繁栄していきます。
①新芳春茶行(直轄市定古蹟)
大稲埕で成功を治めた茶商のひとつ「新芳春茶行(シンファンチュン チャーハン)」は、現在茶葉の生産はしていませんが、最盛期の貴重な工場跡や史料の保存と公開に努めています。
店舗・工場・倉庫・住宅など、異なる機能を兼ね備えた住商混合建築は見どころも多く、とくに3階の居住フロアを見学できるのはガイドツアーだけです。
日本人観光客はほぼゼロですが
台湾茶文化が好きな方は必見!
1階:エントランスホール
三階建て500坪の住商混合建築である邸宅は、一歩入るとすぐ手前に西洋式のホールが広がり、展示スペースへのアプローチに繋がっています。
前身は福建省から渡ってきた初代当主の王芳群と共同経営者の王珍春が興した「芳春茶行」ですが、しばらくの後、経営パートナーシップが解消されてしまいます。
1932年、二代目となる王連河が新たに「新芳春茶行」を設立し、隆盛期となる1934年にこちらの豪華な洋館を建設しました。
しかし1980年代頃より徐々に茶葉の輸出量は減少し、2004年には閉業を迎えます。
放置状態の邸宅でしたが、2009年に台北市によって正式に古蹟と指定され修復が始まりました。
約5年の月日をかけて蘇った邸宅は、大稲埕の茶業発展の歴史の重要な史料として保存・一般公開されることとなりました。
街屋建築の特徴でもある細長い邸宅は、至る所で1934年当時の技術の粋を確認できます。
1階:展示スペース
エントランスホールを進むと1階の展示スペースになります。
ここでは茶葉の輸出に実際に使用されてきた刻印道具や、等級別パッケージなどが展示されています。
こういった貴重な文化財から、かつて台湾から欧米には東方美人茶(重発酵)が、東南アジアには包種茶(軽発酵)が主に輸出され、世界中へと広がっていったことが分かります。
茶葉は4つの等級に分けられ輸出されました。
等級は「四君子」と呼ばれる中華圏で愛されてきた花々<梅・蘭・竹・菊>で表現されており、梅が最高ランクの茶葉となります。
海外への輸出用木箱・茶缶・包装などのデザインは東洋の優美さを意識させるものが多いようです。
ヨーロッパの人々は台湾茶を飲みながら、遠い異国の地に思いを馳せていたことでしょう。
1階:製茶工場棟
かつて井戸のあった中庭を抜けると製茶工場の棟に移動できます。
当時の機具がそのままに並び、手作業による工程が順を追ってわかるように展示されています。
【撿梗間】
初めに撿梗間と呼ばれる茶葉と茎を切り離す作業を行う部屋に向かいます。
ここでは「切茶機」で茶葉と茎を切り分け、「撿梗機」で揺り動かしながら茶葉部分だけを集めていました。
【風選間】
次の風選間は茶葉を等級別に選り分ける部屋で、台湾に現存する数少ない「風選機」などが展示されています。
こちらの機械は風の力を利用して茶葉を重量別に選別し、比重(密度)の高い茶葉とそうでない品質の劣る茶葉とを分けることができるというもの。
当時としては非常に画期的なアイデアで、まさに先人の知恵から生まれたシステムといえます。
【焙籠間】
最後に炭火による焙煎工程を行う焙籠間では、竹で編まれた多く籠「焙籠」が並んでいます。
焙籠窟と呼ばれる一列に並んだ穴に炭火を起こし、その上に焙籠を乗せて茶葉を焙煎していました。
焙煎の程度によって、軽焙煎・中焙煎・重焙煎と風味の異なる3種類のお茶を作り出すことができます。
2階:イベントスペース
ホール横のクラシックな階段で2階に登ると、イベントスペースが広がります。ここでは様々な企画展が入れ替わりで開催されています。
当時、この2階は女工さんが
製茶作業をする場所でした
私が訪れた時は、当主であった王氏と家族の愛用品を紹介する「王家生活展」、日本統治時代の大稲埕の様子を撮影した写真家の李火增(1912〜1975)の写真展「日日大稻埕」が行われていました。
2階:喫茶スペース
2階には台湾茶を愉しめるスペースも併設されています。数ヶ月毎にショップが入れ替わり、それぞれのスタイルで台湾茶の魅力を発信しています。
私がお邪魔した日は「米波茶社」というお店が入っていました。様々な台湾茶の試飲ができる他、ワークショップなども開かれているようです。
レトロな世界観が広がる店内は、アンティーク家具や雑貨が目を惹きます。
こちらでは当時のポスターでデザインされた復刻版パッケージの台湾茶が販売されていました。
エレガントな窓枠の近くにはテーブル席が用意されており、大稲埕の街の様子を見ながらお茶を愉しむことができます。
また店舗の手前では茶器が販売されていました。美しいデザインで価格帯も幅広く、見ているだけでも感性が磨かれそうです。
3階:住商混合フロア
ガイドさんの誘導でエレベーターに乗ると、一般客は立ち入り禁止の3階へ案内されました。
ここから3階は非公開エリア
ガイドツアーのみ見学可です
前述の通り、新芳春茶行は住商混合建築の洋館です。中でもこの3階は王一族にとって最もプライベートな空間だったと言えるでしょう。
3階は居住スペースだけでなく、取引先などが出入りする商談スペースも併設されています。
そのため商売の邪魔にならないよう、家族専用の細い通路や階段が設けられていました。
私が心を打たれたのは、扉に使用されていたアンティークガラスについてです。
他の扉と模様が異なるガラスがあったのですが、ガイドさんより「こちらのガラスが壊れたらもう最後です。新たに作ることはできないので大切にしています。」と教えていただきました。
同フロアには先祖を祀る祭壇もあるとのことでしたが、当日は実際に一族の行事があったため見学ができませんでした。
タイミングが合うようでしたら、是非ゆっくりと見学してみてください。
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②臻味茶苑/林五湖故居
「臻味茶苑(ヂェンウェイ チャーユェン)」は、大稲埕最古の商業建築として保存されている「林五湖祖厝」という清代の古蹟にて茶葉を販売されています。
福山雅治さんのCMや、岡村靖幸さんのCDアルバムの撮影地としても有名なので、ご存知の方も多いかも知れませんね。
毎週土曜日のガイドツアーで
非公開エリアを見学できます
「林五湖祖厝」は、商人の林藍田によって1851年に建てられた三進式街屋建築の3棟(迪化街一段154、156、158號)のうちの一つです。
※158號は清代にすでに売却されていて林家の管理下にありません。
台湾の伝統的な閩南型の三進式街屋は縦長で奥行きのある設計。基本的に一番手前のスペースが店舗となります。
【レイアウト例】
第一進:店舗スペース
第二進:居住スペース
第三進:倉庫・作業場など
初代は「林益順」の屋号で貿易業を営んでいましたが、甥である林翠記の代になり事業が不振に。
林翠記は事業を立て直すべく頼った命理学(占いの一種)に強く惹かれ、ついには名師に学び会得。1864年に命理卜卦を行う「林五湖擇日舘」を開きました。
大稻埕の三大命理師として名を馳せたのち、1984年に近隣(迪化街一段280巷7號)へ転居。現在は六代目と七代目が家業を継いでおられます。
第一進:店舗スペース
さっそく第一進である店舗に入ってみましょう。
入口を見上げると看板横に2つの小窓がありますが、これは昔、海賊が横行した時代のセキュリティ対策になります。
夕方以降は門をしっかり施錠し、小窓からカゴを吊るして顧客と金銭や商品のやり取りをしていたそうです。
店内正面の見える鎮宅石(家内安全を祈願した魔除け)に掲げられた “林五湖” とは、前述の占いの館の屋号を表しています。
頭上には迪化街に現存する唯一の樓井(階上を囲う半階の部分)が広がります。
現在、店舗スペースでは台湾茶界の重鎮・呂禮臻さんの店「臻味茶苑」が店子となっています。
鶯歌に本店を構える「臻味茶苑」ですが、ここでも同様に厳選された茶葉が取り揃えられていました。
中庭(閩南式跨廊)
第一進から第二進へ向かうためには、清代の閩南式跨廊がある中庭を通ります。
奥行きのある街屋建築では、このような光や風の取り入れ方の工夫が必須でした。
ガイドツアーでは林家の子孫の皆さんが交代で案内を務めてくださいます。
当事者ならではの臨場感ある説明に、時には思い出話も交えながら邸宅とその歴史を詳しくお話してくれました。
担当の方によっては台湾語での説明なので、事前に予備知識だけでも頭に入れておくと見学を楽しめると思います。
第二進:祭祀堂+居住スペース
いよいよ第二進に向かいます。こちらは祭祀堂(一族の祭壇)と居住スペースになっています。
ここから先は土曜日限定のガイドツアーでしか見学することができません。
建材として使用されている強固な焼成レンガは当時のままの姿で残っています。窯でゆっくりと3週間焼くため非常に耐久性があるとのこと。
そして第一進でも見られた樓井が祭壇の上にもありました。閣樓(ロフト)は居住スペースです。
その昔、一族の令嬢が結婚相手を選ぶときは、楼井に隠れて階下の訪問者を見定めていたそう。
【呼び名の違い】
故居は子孫は住んでおらず、
祖厝には子孫が居住してます
第三進:倉庫+居住スペース
その先の第三進は淡水河へとつながる倉庫と居住スペースだそうですが、現在も林一族の子孫の方が実際にお住まいなので、さすがに見学不可でした。
③有記名茶
1890年創業の「有記名茶(ヨウジーミンチャー)」は現役の製茶工場を併設した老舗茶舗です。工場見学も実施しており実際の製茶の流れをわかりやすく案内してくれます。
2021年には、五代目オーナーがスタイリッシュな新コンセプトのショップ「Wangtea Lab x 有記」をオープンするなど、伝統を守りながらも革新を続ける姿に目が離せません。
今回、私は時間の関係で見学が叶いませんでしたが次回はぜひレポートを追記したいと思います。
※工場見学には事前予約が必要なようです。
最新情報は公式HPでチェック、またはお店への確認をおすすめします。
所在地:台北市大同區重慶北路二段64巷26號
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大稲埕エリアへのアクセス
大稲埕は観光客に人気のメインストリート迪化街を含む、民権西路より南、忠孝西路から北、重慶北路より西、淡水河から東のエリアを指します。
歴史と物語が詰まっているレトロ街・大稲埕地区で是非あなたの知的好奇心を高めてください。
台北 大稲埕地区
■アクセス
MRT松山新店線 北門駅より徒歩8分
MRT淡水信義線 雙連駅より徒歩10分
MRT中和新蘆線 大橋頭駅より徒歩10分